美しい木

南の島の生き物たち

3月4月は花粉症で最悪の体調でした。グアム島に行っているときだけは花粉フリーで元気になりました。Dsc05821

Img_1642 南の島の生き物は生命力に溢れているので、元気をもらえるのかもしれません。

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なぜか海辺のスズメは、暑い砂に体を沈めていました。

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  川のほとりでグアム島の固有種で絶滅危惧種のココバードの撮影の成功したと思ったら、飛んでいってしまいました。沖縄のヤンバルクイナと同じく飛べない鳥なので、ココバードであるはずはありません。小笠原と違って、自然保護方針は希薄なように思えました。Dsc05857

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一番、うれしかったのは、やしの実からの発芽です。やしの実は、南海の海をわたり、新しい島で、またやしの木を作りだすのでしょう。それを目で見ることができました。

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遅い梅の花盛り

  世田谷区の梅が丘=羽根木公園は梅の遅い花盛りでした。Dsc04149_2 Dsc05063

羽根木公園の梅祭りはいつも2月中旬から下旬です。しかし、2月には今年の開花は遅いと思い近寄りもしませんでした。

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いつもより3週間は遅いのですが、雨上がりの晴れた春分の日に今年はまだ梅が見られると思い立ち寄りま、した。

すると梅祭りは、とっくに終っているのに、梅の開花のまっさかりでした。

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梅は、中国伝来と知りませんでした。この梅の山の伝来も碑に書いてありました。

写真はクリックすると大きくなります。スマホでは拡大できません。

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下の写真は昨年2月に梅が丘で撮影したものです。Img_7956_2

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石神井公園の春の歩み

  石神井公園を歩いてきました。3月3日は、この日だけ暖かい良い天気になりました。Map

Dsc03297 山の自然学クラブが主催した「プロ・ナチュラリスト佐々木洋さんと石神井公園で春をさがす」勉強会に参加しました。佐々木洋さんはさすがに話がうまく、また、見過ごしがちな植物や生物を教えてもらいました。漫然を散歩する自分が恥ずかしくなるくらいです。

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暖かい日だけあって、いろいろな鳥のさえずりが聞こえてきました。その都度鳥の名と習性を聞かせてもらえるのは、ありがたいものです。

鳥の名は聞いて、すぐ名前を忘れるのですが、上のケヤキの高い枝に啄木鳥の一種が止まっていました。

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石神井公園には実にいろいろな鳥が居ます。

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これはメジロですね。桜がまだなので何を食べているでしょうか。

冬眠から覚めた亀が、池のほとりで甲羅干しをしていました。春ですね。

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石神井公園の2つの池の間は湿原になっていて野鳥の来易いところのようです。

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地面には、春の日差しを浴びてアズマイチゲやオオイヌノフグリが花を開き初めていました。下のイチゲを発見した方は、春が来たと大はしゃぎしていました。

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浅間山を見ながら滑る

友人に誘われて草津へスキーに行きました。草津に住む先輩のリゾートマンションに泊めてもらい、草津国際で滑った翌日は、四阿山(あずまさん)山麓のパルコール嬬恋スキー場に行きました。Photo_4 地図上の赤い線が滑ったスキー場のゴンドラの位置です。Img_0913 浅間山と軽井沢の火山台地がよく望めました。03四阿山の斜面から見ると嬬恋と軽井沢の台地は火山の噴火でできたことがよく分かります。07 下は四阿山頂上からカシミール3Dで描いた俯瞰図です。富士山の位置確認のために描きました。Photo_5 スキー場のゴンドラとリフトの上で 富士山を探したのですが、浅間山の西側の山稜に隠れて見えませんでした。Img_0722 スキー場の上部、四阿山の稜線からは、浅間山の水蒸気噴煙がよく見えました。Img_0752 Img_0858

膝の半月板が割れて以来の久しぶりの(15年ぶりか)スキーはとっても楽しいものでした。ゴンドラの順番をまっているとスキーを持っているのは、幼児と老人だけでした。つまり、若者はスノーボードだけと言ってよいくらいです。

ゴンドラ・リフトの半日券が安かったので、よく表面をみるとシニア-券と書いてありました。

Img_0730 草津・白根方面も晴れた空のもとに良く見えました。GPSを起動してスキー場を滑ったのですが、下降速度が速いせいかうまくトラック(赤い線)を描くことができませんでした。ゴンドラの登りが15分で、スキー滑降時間は半分くらいです。それでも同行した先輩の速さに、とてもついては行けませんでした。

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Img_0716 キャベツの産地である嬬恋村からは浅間山が良く見えます。Img_0763 膝がガクガクになりました。草津温泉に入って体中のコリをとり帰京しました。Img_0923草津から見たスキー場のある天狗山方面です。今年は雪が少なく木々が目立ちます。

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愛媛の白銀の森

知っていても、行って見なければ分からないことがあります。冬の石鎚山に登って、温暖といわれる四国にも雪の森の世界があることを知りました。11瀬戸内海の今治市方面から石鎚山方面をみると下のように白銀の山々が見えます。標高1200m以上は雪の森です。Photo 石鎚山の斜面から今治市方面、瀬戸内海を見下ろすとこのように見えます。海の道が因島から尾道まで続いているのが、うっすらと見えました。Img_0540

朝日に桃色に輝く霧氷の枝は、神秘的と言っていいほど綺麗です。Img_0127 朝の日の中で、枝の霧氷は直ぐに消えて行きます。一瞬の命をご覧ください。Img_0189

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瀬戸内海を見ながら雪の森の中を進む気分は、知っていることと経験することの差を埋めるうれしい違和感の味わいです。Img_0303標高1600m以上は、雪の樹氷の世界です。Img_0283

下山の頃には、雲が流れて霧の森のなかをおりて行きました。Img_0474

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Img_0559 アイゼンとスノーシューの必要な冬山は、すべての方にお勧めすることはできないのですが、登山を続けていると、たまには、このような至福をもらうことができます。

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冬の公園 友の思い出

今年の正月は、旅行にもゆけず家にとどまりました。長い間、親しかった先輩の墓に参っていないことを思いだし、お昼に自転車で走り出しました。Img_6264 神田川をさかのぼって井の頭公園に至り、玉川上水に入って小金井公園まで、そこから多摩湖自転車道で小平まで、走りました。Map 明るく元気だった先輩が亡くなったのは10年前の冬、まだ50才台でした。花を手向けながら、もう私もその年を越えたなという感慨にふけりました。

Img_6278 この10年間で、職場が解散するなど、いろいろなことがありました。まだ元気で勤めていられるだけ良いのかもしれません。Img_6301 帰路は小金井公園を抜けて玉川上水にでました。広場では凧揚げを楽しむ子供たちが。Img_6332 昔は、子供たちをここで遊ばせたものです。正月は昔を振り返ることが多いなあ。Img_6340 暮れまでは葉の残こった木々もすっかりなくなって、寒風に枝を揺らしていました。Img_6345冬の日はつるべ落としのごとくです。追われるように走って、井の頭公園に至りました。Img_6362池の西南に夕陽が落ちたところでした。見たことがない井の頭公園の景色がありました。Img_6401 池で越冬する鴨たちが、寒空の下に泳いでいます。暖かい場所よりも快適なのでしょうか。Img_6428 越冬鴨をみていると、次のステップに踏み出す勇気のない自分を見ているようです。Img_6461新しい年になっても、人生はリフレシュできないものですが、気分だけは新しいものに変えたいものです。   

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筑波山に登る

正月2日、筑波山に登りにゆきました。一昨年の元旦の朝、下の写真のように自宅近くから良く見えたので、今年こそ正月に登ろうと決めていました。Img_0487 Dsc04130 東京にもっとも近い独立峰です。多分今回で3回目の登山です。小学生の頃、遠足で登ったこと、祖父と登ったことを覚えているのですが、考えてみたら半世紀も前のことでした。年がわかってしまいますね。

下は帰りの筑波エキスプレス車内から撮影した筑波山です。Dsc02503 Dsc02057 秋葉原から、初体験のつくばエキスプレスで45分でつくば駅に到着するのには驚きました。そこから筑波神社まで、バスで35分のはずが、駐車場待ちの交通渋滞で1時間かかりました。

筑波神社は、地元の老若男女の初詣客でいっぱいです。長い階段の列にならびました。

昨年11月から体を動かしていないので登りは迷うことなくケーブルカーに乗りました。

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Dsc02145_2  ケーブルカーの終点は、男体山と女体山の鞍部にあります。ここからまず登ったのは男体山です。その頂上からみた女体山が上の写真です。左の写真は、女体山山頂近くのブナの林です。太平洋岸の低山では珍しいと思います。

下の写真は、女体山の頂上で撮影した写真です。

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Dsc02241 Dsc02303下のパノラマは南西の東京方面を見たものです。富士山は雲のなかで、とても残念でした。目を凝らすとスカイツリーと東京の高層ビル群が見えていました。写真では逆光でピントが合わずに写っていませんでした。Dsc02277 北西を見ると、下の写真のように日光白根山と男体山が雪化粧で見えていました。観光客が雲のかかった日光白根山を見て「富士山!」と叫んでしました。Dsc02343 帰りは、東側のツツジが丘まで、歩いてくだりました。この頃には陽がさして、暖かい陽気のなかを霞ヶ浦を眼下に見ながら楽しい下山でした。Dsc02393_2

この日歩いたGPSトラック(赤線)と地図です。Photo 3次元地図はカシミールを利用して作成しています。3d

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冬の紅葉・黄葉・落葉

今年は秋は暖かい日が続き、紅葉・黄葉も遅く、美しさという点では残念でした。Dsc00130 上は皇居東御苑、江戸城大奥の跡地、下は井の頭公園の遅い紅葉です。Dsc00831

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都心の銀杏も北風が吹く頃、徐々に色づいて落葉がはじまりました。

右は神宮外苑。

下は、下町の富岡八幡宮の境内の銀杏、もう酉の市の日でした。

Img_5472  仕事の帰り、駅までのショートカットに神田公園にはいったところ見事な銀杏が見えました。不順な気候を象徴するように、落葉中、黄葉盛り、緑の銀杏が並んでいます。Img_5593

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最近、港区青山一丁目から新宿区信濃町までは、歩いて行くことにしています。地下鉄のとるよりも歩くほうが早いくらいです。東宮御所と神宮外苑の間の道は、緑の多い気持ちのよい散歩道になっています。かって学習院初等科の院長になった乃木将軍が馬で通った道です。

神宮外苑の銀杏並木が不作だった今年の秋は、この道がとても素晴らしい黄葉を魅せてくれました。下の写真はなんと12月21日です。

Img_6037 青山御所の中の銀杏、秋の台風で巨木が倒れた跡の歩道の隙間から見えました。Img_5934

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杉並区の私の家の近くには浴風園という大きな敷地の老人病院があります。ここは、明治時代には、新宿中村屋の歌人の奥様の別荘で黒光園と呼ばれた場所です。

園内には有名な桜だけでなく、銀杏やケヤキの古木があります。

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浴風園の裏手にある若い銀杏ですが、葉もたくさん茂り、日を浴びて黄金色の輝いていました。

今年の秋は、このような輝くような銀杏は、殆どみることはできませんでしたので、忘れものを発見したような喜びがありました。

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神宮外苑の銀杏並木 3週間

晩秋になると神宮外苑の銀杏並木は黄金色に輝きます。いつも11月中旬になると昼の散歩がてら見にゆきます。ところが今年は異変が・・・

2011年11月24日(木)Img_5460

2011年12月7日(水)Img_5648

2011年12月15日(木)Img_5851

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2011年12月7日(水)Img_5622

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Img_5607_2 ごらんのように例年ですと、11月末に黄金色のピークを迎え、12月に入るとすぐに散ってしまうのが、ごらんのように青い葉を残しながら一ヶ月かけて落葉しつつあります。

説明によると昭和2年ごろの植樹というので、銀杏には85年の歳月が流れています。Img_5871

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銀杏の落葉も例年よりも少ないようです。

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今年は、海外から見にくる人も減ったような気がしますが、外苑にゆくと韓国語、上海語が聞こえてきます。

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旧玉川村(世田谷区南部)を歩く

東京都の南部は戦後まで、南多摩郡玉川村と呼ばれていました。いまは、大半は世田谷区となっています。この旧玉川村を、NPO山の自然学クラブに案内してもらい、等々力(とどろき)駅から歩きました。Img_5513 この地域は明治時代には原野と畑だったのですが、大正にはいって、玉川村村長だった豊田正治氏が、玉川全円耕地整理事業を始めて、全域にわたり、区画整理を行いました。上の地図からも南北に切られた道路が見て取れます。Img_5519 等々力駅近くの役所では、雨の中、豊田正治氏の記念碑の前で地元の農業関係者が餅つきを行っていました。Img_5520

駅の近くにある等々力渓谷を見に行きました。あいにくの土砂降りの雨にゴルフ橋から渓谷だけのぞいて通りすぎました。Img_5528 ご覧のとおり、カエデも紅葉しておらず、秋の渓谷とはいえない緑の多さです。Img_5523

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等々力駅の北側には、満願寺と玉川神社があって、ちょっとした緑地帯になっています。

下は玉川神社の境内です。ここにも、豊田正治氏の玉川全円耕地整理事業の巨大な記念碑たっていました。

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このあと、等々力で今も続く大平農園のご当主のご自宅を訪問しました。Img_5555 都内とは思えないほど立派な屋敷林のある農家でした。

Img_5566 Img_5558 現在の大平農園のご当主は品のよい老婦人で、お茶をご馳走になりながら、後継者のいないこと、地元のボランティアの方々と無農薬野菜の会員制頒布会で、農業を継続していることを語られました。

Img_5556 都市部に農業が残ると良い面もたくさんあるのですが、農業を続ける当事者にお話を伺うと、経済的に合理性のあることではなく、後継者もいない悩みもあり、悩みは大きいようです。日本にも、こうした農地を買い上げられるナショナルトラストがあれば良いと思います。

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